畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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つろう しつ ャムも言わないで、空洞の中に姿を消したからである。 私は嫌な気持で、あたりを見まわした。カーフュー塔の時計は、まだ、聖ダビテの曲と、それに伴うちいさな組チ鐘イの音を、第三の最後の時間中、鳴らしつづけた。だがほかの鐘は、鳴るだけ鳴って音を収めていた。そして今や静寂が、あたりにみなぎった。ふたたび、絶え間なく変わる堰水の音のみが、静寂を破る―いや、静寂を強める、ただ一つのものであった。 なぜ梟が、あんなに懸命に、身を隠くそうとしたのか?それは、言うまでもなく、今、私に、こうした練習をさせたものだった。―なにか、誰か、やって来つつある。私には、ひろい原っぱを横切る時間のないことは、たしかだった。そこで私は、樹の暗い蔭に立って、身を隠くそうと努力しなければならなかった。― すべてのことは、四五年前、夏なる前に起ったことだった。 私は時々、夜静かな時に、公園へはいってゆく。だが、しんの丑う満みにならない前のことだ。そして私は、暗くなってからの群衆を好まない。―たとえば、六月四日の花火の夜のような。が待ちもうけもしないのに、しばしば諸君の間近かを、いかにも奇怪にスッと通り越し、諸君の顔を、じろじろ見つめる。それは彼等が誰かを―もし、彼等が、その人を見つけなければあり難いと思うらしい誰かを、さがし求めているようでもある。 『どこから、あいつ等は来たのだろう?』 どうも、或る者は水の底から、或る者は地の底から出て来たらしく、私には思えるのだ。彼等はそう見えるのだ。 だが、私は、彼等に気をとられたり、彼等に触れたりしないのが、いちばんいいと確信するのだ。 そうだ。私にはたしかに、夜ふけて公園にいる人々よりも、日中の公園の人々のほうが好もしいのだ。読者諸君に、そんなことはなかろうが、私は、そんなふしぎな顔を見る。そして、そんな顔をもった人々は、諸君― 143 ―

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