畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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フライリーフら―今は一人の守護者もなくなったのです。” 以上が牧師さんのお話なのでした。私がこの話にどんなに興味をもったかは、御想像にまかせます。私が牧師さんの家を辞去した時、なによりも考えたことは、その王冠が埋められていると思われる場所を、どうしたら突きとめることができるかということでしたが、私はまあかまわずに置くがいいと考えました。 だが、そこに宿命といっていいものがありました。それは、私が自転車に乗って、もとの道を教会堂の墓地を過ぎた時、ウィリアム・アージャーと名をしるした、かなり新らしい一つの墓が、ふと目についたことなのでした。無論私は自転車からおりて、墓の上の文字を読みました。“一九××年、シーバロウに於て死す。享年二十八歳。”としるしてありました。たしかにそうでした。もし正しい根拠というものに、ほんのすこし思慮のある研究心があったら、すくなくとも私は、その地点のごく近くに、その田舎家を発見したことでしょう。ですが私は、自分の研究の手がかりにする正しい根拠とはなにかということに、まるで見当がつきませんでした。ところが、またそこに宿命がありました。その宿命は、私を、その帰途にある、あの骨董屋―御存じでしょう―に導きました。私は店頭で、そこにある五六の古本をひっくりかえして見ました。そして、お話しするのもなんですが、その一冊は、一七四〇年頃の祈祷書で、それにしてはみごとな装釘でした。―いや、すぐ行って、それを持って参りましょう。私の部屋にありますから。』 こう長い話を切って、彼は、なんだかあたふたと部屋を出て行きました。私たち二人が、ほかの話題に変えるひまもなく、彼はすぐさま息せき戻って来て、飛頁〔本の前後にある白紙の頁。〕を開いたまま、本を渡しました。そこには震えた手蹟でこんな詩が書いてありました。 ナタニエル・アージャーはわが名にして、 イングランドはわが郷土なり。 シーバロウはわが住所にして、― 153 ―

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