畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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『ええ、リチャードさま。』と、彼女は言った。『このお屋敷で、そうしたお部屋は一つしかございませんけれど。』 『それはあの、むかしの大旦那さま、マシュウさまので―西の寝室でございます。』『よし、そこにしよう。今夜からそこで寝よう。どう行くのだ?うむ、こう行けばいいんだな。』卿は急いで出てい『ああ、リチャードさま。でも、あすこではこの四十年間、誰一人寝たことはないのでございます。空気だって、『さあ、ドアを開けなさい。チドック〔家政婦の名〕。とにかくこの寝室を見よう。』シャッターケースメントかた 『どの部屋だ?』と、リチャード卿は訊いた。った。マシュー大旦那さまがあすこでおなくなりになって以来、まるで入れかえたことはないのでございます。』 こう言いながら、家政婦は、バタバタついて行った。 で、ドアは開かれた。たしかに、息のつまるような、土臭いにおいがした。リチャード卿は、窓のほうへあるいて行ったが、たまらなそうに、習慣通り遮戸をうしろに跳ね、窓扉を突きあけた。館やのこの一端は、ほとんど模様替えがされていない場所だった。巨大なとねりこの樹が、生い茂っているので、とかくに眺望は遮られていた。 『一日中風をお通し。チドック。で、午後わしの寝台寝具をここにお移し。わしのもとの部屋には、キルモアの主教さんをお入れするがいい。』 『ごめんください。』と、その時、べつの声が二人の言葉に割り込んだ。『リチャード卿、ちょっとお目にかかりたいと存じますが。』 リチャード卿は振り返った。ドアの入口で、頭をさげている、黒ずくめの人物が目についた。 『突然押しかけて参上いたしまして、失礼ごめんください。あなたは、たぶん私をごぞんじありますまい。私はウィリアム・クロームと申す者でございます。私の祖父はあなたの御祖父が御在世の頃、この土地で牧師をいたしてお ・・・・ ― 19 ―

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