畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ぶつこ ゴースト・ストーリーゴースト・ストーリーひきだしドは、逃げを張るように、“わからない。ただ一つ―その男は、気味わるく痩せこけていて、からだ中ずぶ濡れのようだった。”そう言いながら、マクロードはあたりを見まわして、まるで自分にも聞えないほどの小声で、“僕にはどうしても、その男が、生きてる人とは思えなかったよ。” 『僕達は、なおしばらくひそひそ話をつづけた。そしてとうとうベッドへもぐりこんだ。寝室の誰も、この間に目をさましたり身動きした者もなかった。それから僕達はちょっとはまどろんだかな。しかし翌日の僕達は至極平凡だった。 『ところが、サムプソン先生は、翌朝、行方知れずになってしまった。その姿は遂に発見されなかった。僕は、先生の追跡について、今日までなに一つ公表されていないと信じている。この事件をすっかり考え直してみると、もっとも奇怪なものは、マクロードも僕もこれまで誰にも話さなかったが、なんだろうと二人が見た、あの第三の人物に関する事実であるように思われる。この事件については、なんの疑問も向けられてはいない。もし疑問があるとすれば、僕は僕達がどんな答えもなし得ないと信ずる。僕達はこの事件について、解明することは不可能に思えるのだ。 『―以上が僕の話さ。』と、語り手は言った。『学校に関係した幽霊談に近いもので、僕の知っている唯一つの話さ。だが、それにしても、僕は幽霊談といったものに、近いと考えているだけなんだよ。』 この事件に後日譚があるとすれば、おそらく極めて月並みの後日譚が加えられる筈である。だが後日譚はある。だからそれを提出しなければならない。この話の聞き手は、一人だけではなく、もっとあった。で、その年の終りだったか翌年だったか、こうした別の聞き手の一人が、アイルランドの或る田舎の宿に滞在していた。 或る晩のこと、宿の亭主が、喫煙室で、がらくた物を一杯に入れた抽斗をひっくり返えした。すると亭主はちいさな函に手を置いて言った。『あなたは、古物についてはおくわしいでしょう。これはなんでしょうか?』― 73 ―

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