畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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め ご むらたいまつていた。一度ならず彼は、自分のいまの住居とはうってかわってきれいな旅は籠たに泊った。そこで彼は、落ち合った連中に、すこしお金にありついたので、もっといい家を探しているのだと、問わず語りに言った。 『ふむ、そりゃあもっともさ。』と、ある晩、連中のなかの鍛冶屋が言った。『わしだってお前さんの住んでるあの場所は、好すく気にゃあなれねえさ。ひと晩中のことを考げえるとな』 旅籠の亭主は、どんなことかと訊いた。 『うむ。なんだか、寝室の窓へ、誰か攀じのぼろうとしている落ちねえ話だが―あのウィルキンス婆さんが埋められたのは、一週間前の今日だったかな?え?』 『これ。お前さんは、人の心持ってものも考えなくちゃいけないよ。』と亭主は言った。『そんなことを言われちゃ、プール親方もいい気はしないぜ。今そこはそうなんかね?』 『なあに、プール親方は気にしちゃいなさらねえよ。』と、鍛冶屋が言った。『親方は、あすこにゃあ、ずいぶんながいこと住んでなすったから、なにもかも御承知だぁ。わしはただ、あすこが好きにならねえと、言ってるだけのことさ。弔とい鐘の音や、埋葬の時の松明や、その二つで、墓は、誰もそばにいない時も、静かにねているものなんだ。ただそこに光があるということだが 『ああ、見たことはない。』と、プールは、渋面つくって言いながら、また一杯酒を注文した。そしておそく帰って行った。 その夜、彼が二階でベットに寝ころぶと、呻うくような風が、家のぐるりに舞いはじめた。彼は眠ることができなかった。 起きあがった彼は、部屋を横切って、壁のちいさな戸棚へゆき、なにかチリンと音のするものを取り出して、それを寝間着の胸に入れた。それから窓に立って墓地を見おろした。―プール親方、お前さんは一つも光を見たことはないかね?』―ようなのさ。』と、鍛冶屋は言った。『どうも腑に― 80 ―

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