畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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じい んですって?ふむ、あなたはどういう条件をお考えです?いや、しかし私の考えを申しましょう。私があれのために払った十磅を別にして、あなたにお金をお返えしいたしましょう。それでいいでしょう。』 その日ずっとおそく、ホテルで“いぶり部屋”と、あてつけがましく呼ばれている喫煙室で、二人はしばらく、ブツブツと話をつづけた。 『あれについて、ほんとうのところ、君はどれくらいのことを知っているのかね?あれはどこから出たのかね?』 『正直に申して、私はその家を知らないのですよ、ディレットさん。勿論あれは或る田舎家の物置から出た―とは、誰にでも見当はつきますがね。だが、私がお話できる限りでは、あれはここから百哩とははなれていない場所で掘り出されたのだと信じますよ。どっちの方角で、どれほど遠いところか、私には意見がありません。私はただ、あてずっぽうの判断をしてるだけなんです。実際に私が小切手で払った男は、私の仲間じゃないのです。顔も忘れてしまいました。でも、この地方が奴の縄張りだってことは、見当がつきます。これだけが私のお話できる一切です。―ところで、ディレットさん。私に一つ気になることがあるんですよ。あなたはあの人形屋敷の悲劇を、すっかりごらんだったでしょうが、あの、おしまいに馬車で乗りつけて来る爺さん人形ね。あれをあなたは、お医者さんだとお思いですか?私の家内もそう思っているんです。だが、私は、あれは弁護士だと言い張っているんです。だって、あの爺さんは書類を持っていたでしょう?そして、抜き出した一枚の紙はちいさくたたみこんであったでしょう?』 『賛成だ。』と、ディレット氏は言った。『わしもよく考えてみて、あの紙は寝台にねていた老人の遺言状だと結論したのだよ。署名するためのね。』 『ぴったりその通り。』と、チッテンデン氏は言った。『で、私は、あの遺言状は、若夫婦を除外しようとしたものだと思うのですが、どうですか?まったく!私にはいい教訓です。私はもう二度と人形屋敷なんて買いませんよ。また、この上絵なんかに金をかけるなんて、まっぴらです。―あの毒殺されたお祖父さんの事件から見て、もし私が自― 97 ―

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