畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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ントうなされタブレット己というものを知るなら、無用な蒐集なんて、断じてしようとは思いません。生きよ、而して生くべからしめよ!これが今では私の生涯のモットーです。上乗のモットーです。』 こうした昂然たる感情にふくらんで、チッテンデン氏は、彼の部屋へ帰って行った。 翌日、ディレット氏は、この土地の地方学会を訪ねた。心を奪われているあの不可思議を解く、なにかの手がかりを見つけたいと念じてのことだった。彼はカンタベリー及びヨーク協会の発刊にかかる、教区台帳の尨大な目録を熟覧したが失望してしまった。階段や廊下には、いろんな版画がいっぱい懸けられていたのだが、その中の一つとして彼の夢魔の家に類似したものはなかった。悄気てしまったものの、彼は最後に、人から見向きもされないような一室にはいった。埃だらけの硝子箱の中に、これも埃だらけの教会の模型が据えてあった。眼をそそぐと―「コクサム教区聖セスティーヴン教会模型。一八七七年、イルブリッジ家J・メレウェザー殿寄贈。その祖先ジェームズ・メレウェザーの作(一七八六年死)に係る。」― この模型が現わすどこやらには、ディレット氏を、かすかながらもゾッとさせるものがあった。彼はさきに見た一つの壁掛地図へ足を返えした。そしてイルブリッジ家は、コクサム教区のうちにあったのだということを会得した。コクサムとは、彼が教区台帳の目録に目を通した時、たまたま記憶にとどめた教区の名であった。彼は台帳を調べたが、間もなく、その中から、ロージャー・ミルフォード、一七五七年九月十一日歿、享年七十六歳という過去帳を発見した。しかもつづいて、ロージャー・メレウェザー享年九歳、エリザベス・メレウェザー享年七歳が、同年同月の十九日に歿していることが記されていた。 あてにもならないものだったが、この手がかりは追求するに足るとも思えた。そこで午後、彼はコクサムへ馬車を駆った。コクサム教会堂の北側の東端が、ミルフォード家の礼拝堂で、その北側の壁には、同家の人々の銘板がはめこまれていた。これを読むと、ロージャーという老人は、族長として地方長官として、また人間として、その立派な― 98 ―

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