浅野氏広島城入城400年記念事業企画展の関連講演会を令和元年9月29日(日)に開催しました。その概要をご紹介します。
浅野家広島藩初代藩主長晟(ながあきら)から、12代藩主長勲(ながこと)まで、歴代藩主それぞれの個性と事績、その生きた時代について、時間に限りのある中で概略をお話いただきました。
浅野家歴代一覧や、浅野家関係系図、広島藩略年表をリーフレット((外面) [PDF:3,775KB], (中面) [PDF:3,525KB])に掲載していますので、参考にしてください。
「広島藩のお殿様-浅野長晟から長勲まで-」
講師:広島県立文書館 研究員(エルダー)西村 晃さん
広島藩浅野家の治世は、元和5年(1619年)に初代藩主長晟が広島城に入城してから、明治2年(1869年)に12代藩主長勲が版籍奉還を行うまで、12代・250年間にわたり続いた。
初代長晟から、10代慶熾(よしてる)までは直系男子が続いたが、慶熾は襲封5か月後、男子がないまま逝去した。このため、その跡は9代斉粛(なりたか)の従弟で、当時青山内証分家11代当主であった長訓(ながみち)が相続した。長訓の跡はその甥で青山内証分家12代当主の長勲(ながこと)が継ぎ、最後の藩主となった。
藩主の正室(全14名)は、徳川将軍家、尾張徳川家、加賀前田家などから嫁いでいる。浅野家は外様大名の中でも、加賀藩前田家と並んで徳川家との関係が深く、幕府からも重要視されていた。
また、歴代藩主は著名な朱子学者を招へいして自らも学ぶなど好学で、後には藩士だけでなく庶民にも門戸を開き学問を奨励した。教育県広島の礎になったといえる。